昭和44年8月31日 朝の御理解

御理解第4節「此方金光大神あって、天地金乃神のおかげを受けられるようになった。此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である。金光大神の言うことにそむかぬよう、よく守って信心せよ。まさかの折には、天地金乃神と言うにおよばぬ。金光大神、助けてくれと言えば、おかげを授けてやる」



 「金光大神の言うことにそむかぬよう、よく守って信心せよ」と。金光大神の言うこと、よく守って信心せよと。そこから、なるほど金光大神が私共の恩人である事が分かってくる。
 金光大神の言われる、そむかぬように守って初めてよい信心が出来、よいおかげが受けられるようになる。ところが「金光大神の言うことにそむかぬよう、よく守って信心せよ」と仰るのは、金光様の信心は朝参りからだといったようなことで、その朝参りだけが何十年続いておるという。
 毎日お参りをしおるという方達が続いておると。というだけで、金光大神の言うことに、いわば、あー、よく守ってということではなくて、そこんところの信心が出来てない信者が実際多いのじゃなかろうか。
 今日も、久留米の串原教会に、夕べから泊り込んで信心実習会があっておりますが。合楽の方達はまぁあちらで泊まるよりももうこちらへ帰って、朝の御祈念を頂いて、そして行こうというので、今朝、朝の4時御祈念を頂いて皆さんあちらへ行っております。又こちらから参りました。皆。
 それは結局まぁ、私の信心の有り方とか、進め方といったようなものを見たり聞いたりしておるから、自然、まぁそういうことになって行くのかもしれません。ね、それなんかは、まぁ何時の間にか、いわゆる金光大神の言うことにそむかぬようになり、ね、何時の間にか、金光大神の手代わりをさせて頂いておる私の信心に、そむかぬよう。よく守って信心をしておるということになるのじゃないでしょうかね。
 それを聞かんならんとか、守らんならんといったようなものではなくて、何時の間にかそういう信心が合楽の方達は身に付いてしまっておる。そういうような気がする。私はここの、思うのですけれどもね、折角金光様のご信心をさせてもらうのですから、やはり金光様の信者としての、全てを身に付けていかなければいけん。
 いうなら、どこから見ても金光様のご信者じゃと言われるような、いわば信心であります。世の中には色々ね、実際の親子でありながら、親子らしからぬ生活をしておる人があります。他人よりも浅ましいというような生活をしておる人がある。
 夫婦でありながら、名ばかりの夫婦。私達の夫婦というのはもう名ばかりですといったような人がある。ね。そういうようにですね、名ばかりの信者であったり、らしからぬ信者であったんでは、私は本当のおかげは受けられないということを一つ、突き止めなきゃいけませんですね。
 どんなに、らしからぬ信者であっても、信心しておかげを受けるのは、人の良いのと悪いのは別ものと仰るように、お取次ぎを頂いてお願いをして、教えを守らんでも、例えばその、おかげを受けておる事は受けております。けれどもその、本当のおかげにはならん。ん。
 いわゆる天地金乃神様が金光大神の信心によって現れなさったように、私共の信心が金光大神のおかげで世に現れるというような信心にならなければ駄目。ね、(たっちゃ?)違う。金光様の信心しよんなさったが、ね、人間も変わられた。家の中も円満。仕事も順調にいきよるらしいと。というようにですね、やはりどこから見ても信者としての、おー、そのあり方というか、またはおかげというか、ね、全てが私は整うて行くためにこの御理解4節を本当に頂かなければいけない。
 まぁ私はここんところで思うのは、そのこの方金光大神の方からの恩人とこう仰るが、ね、金光大神の言うことにそむかぬようによく守って信心せよ」と、ここんところが一番大事だとこう思う。
 富士山、富士の山は、何処から見ても同じ形だとこういう。ね、いわゆる何処から見てもなるほど、日本一の霊峰物と言われえるほどしの、その様子というか、あの、いわゆる姿ですね。しかもその姿というのが、四方何処から見ても、その姿を雲の上に現しておるというところにです、その霊峰富士の値打ちが私はあると思うです。
 どうでしょうか、金光様のご信心を頂いておる。本当金光様の信心頂いておるけん有り難い、という人は沢山ありますけれども、なら有り難いおかげを受けておるけれども、何処から見ても、なるほど金光様の信者じゃ、なるほど金光大神の言われることにそむかぬように信心をしておる人達の姿だということになってくる。
 ですから様々なところからそこが(なされたきゃ?)いかにゃ。信心を頂いておりゃその、お道のしん、信心そのものが本当に身に付いていかなければいけん。
 先日ある方が、子供の誕生だというのでお礼参りをしてきて。前の日からいよったから、私はもう昼参ってくるもんだとこう思うておった。ね、ところとうとう昼参ってこんで、夜参って来て、夜の御祈念の後に参って来た。
 お家で、まぁ誕生祝いをして、親戚を呼んで、あれこれしよったら、まぁお参りが出来なかったとこういうのである。ん、で私その方に言うんですよ。誕生というのはどういうことだと思うの、て私が。
 誕生というて、例えばお祝いをするというが、お祝いをするだけの値打ちがあるかって、大体。今日は私の誕生だからお祝いをする。かえって世のお役に立つどころか、お邪魔になっておるような存在ではないか。私のような者がということが分かったらです、とてもお祝いどんする、出来るはずはなか。
 だから、誕生、祝いというのはね、その人がするのじゃなしに、その周囲の者が例えばする。ね、家の今日お父さんの誕生日、このお父さんあって私達がある。お父さんのおかげでこうやって、えー幸せに暮らさせて頂いておる。お父さんがこの世におられなかったらと思うから、子供達がよって、いわばお祝いをしてあげるというのが誕生祝いという内容にならなきゃいけん。
 自分の誕生日、自分で祝うなんてもう、金光様の信心、信者らしくないて、そういう事では。ね、この方の場合はいわゆるお孫さんですから、子供のことですから、ね、おじさんが親が子供の誕生を祝うてやるという気持ちは分からんじゃない。けれども内容はそうであり、願いは、どうぞこの子が誕生の、この世に生を受けさせて頂きました。おかげで一年間無事恙無くおかげを頂きました。と実は神様にお礼だけ言うときゃいいとです、誕生ちや。
 しかもなんぞや。ね、お願いを、だから親戚がちゅうと。さぁそこが金光様の信心頂いておる、ね、それが家自分、内内の信者なら、あのなんなら親戚ならよかけれども、言わば嫁御の里じゃから、そりゃだからなおさらそこば現していかじゃこてと私がいうところ。
 ね、家の娘をお嫁にやっておるその家は、金光様の熱心な信者さんじゃ。一家を上げての信者さんじゃ。だから誕生なら誕生という考え方が違う。それを話したらなるほどと、がた、誰だって合点が行くだろうと思うです。
 それに、あの(もし?)もちを作ってから、お話あかせてその上をこうやって、そのあなた百までわしゃ九十九までちうような事を言うちから、もちの(おふもせき?)でなんてん、もういよいよ金光大、あの金光大神の信心を頂いておる、信者の(かたたみにおきんと?)私が。
 もちの(踏んだ?)お供えしよるなんてん、そんなことできるか、馬鹿んごと。知らん時にならいざ知らず。それこそ、米一粒でもおし頂いてという教えを頂いておる金光教の信者がよ。もちの上に例えば、子供を立たせるといったような出来ん。
 私もちゃんと、あんたげん孫が来たならば、この私は必ず、このここ、信念ですから、ここの砂の上に靴下を脱がせて、座らせて私がそこんところを四方拝をさせる必ず。ね、ぐるぐるーと回してから私は、いやその大地を踏ませる。ね。
 分かっとらんはずはないけれども、ね、金光大神の信心がよく分かっとらん証拠に、いわゆる金光教の信者らしくないことを平気でする。仕来りだから。親戚の手前があるからと。そういう時こそです私は、せめて形の上だけでも金光様の信者さんは違うと、親戚の者からでも思われるくらいな、おかげを頂いたらいいじゃないか。頂かにゃいかんじゃないか。というわけなんです、ね。
 そりゃほんなこてやっぱあっちのお父さんがいわっしゃる通りに、ほんなこてやっぱり人間がもちの上を踏むちゃちったやっぱおかしい。なるほどお祝いというよりも、やはり一年間無事で過ごさせて頂いたというお礼の方がやっぱりほんなこつと、いうことが分からせられるくないな信心は頂かなければいけないじゃないかと、こう私はいうわけ。皆さんどうでしょうか。
 誕生だからというて、主人が、主人がまたは家内が、ね、今日家のお父さんの誕生だからというて、ね、おかしの一つもすえるとか、赤飯の一つも炊くとか、ありがたい。今日はお前の誕生じゃったね。お前(ぱい?)誕生のプレゼントというて、家内の誕生を主人が祝うならよいけども、今日は私の誕生だから、人を招いてから、(めもてんこうてん?)ちゅうなことはいけん。おかしい。
 お前がどこに、この世に生まれてきてから、ね、自分で自分、それを祝うようなところが出来てきとる。ね、こういうようなこと何かでもね、本当に一つ私はその考え方が本当なことを、の考えが出来るように、信心が身に付いてこなきゃいけないと思うですね。こりゃ誕生だけのことじゃありませんよ。全てのことです。
 ね、私はこれ、まぁ誕生の話しが出ましたから、もう私は4月1日が私の誕生ですけれども、もう私が覚えてからこの方ですね、誕生日にもう愉快とか楽しいということがもうなかったのに驚き、その当時の方達に私何時も話したことですども。その楽しいことがあったことがない。
 今にして思うと、自分で自分の誕生を祝おうとしおったから、神様が楽しい思いをさせて下さらなかった、特別な働きを頂いておったんだなということですね、こうして段々信心させて頂くようになってから、人が助かるようになってからですら、それがあったんです。あそこ4、5年ぐらいはそうでしたね。
 そして、例えば要約今のような、申しましたようなところが、気付かせて頂くようになった。ね、自分が何処に、今日俺の誕生だから赤飯を炊けよと。鯛の一匹も買うとけよと。今日は誕生日に、誰々さんば呼んでから一杯飲もうかと。もう本当に楽しいその、計画が立てられてですね、楽しゅうなからなきゃならんはずの誕生祝いがですね、何時もたん、その何か不愉快なことが起こってくるんですね。誕生日には。
 だからもう、誕生日にはもう、不愉快なことが起こるもんだというような、そのそれに観念しておったんですね。それが段々分からせて頂くようになってからです、私が何処に自分で自分の誕生を祝うほどしの自分であるか、かえってこの世に何十年間生を受けてきて、お生かしのおかげを頂いてきたけれど、神様のかえってお邪魔になっておるような自分であることに気付かせて頂くようになって、誕生ということをね、(おもけ?)おかなくなったら、今度は人がもう本当にようあんた方私の誕生日を覚えとるね、というくらいにですね、あっちこっちから祝電が来る。いわゆるプレゼントを送ってくる。
 さぁ先生の誕生だからというて、えー、まぁ色々と、その美味しそうなとを作って下さる。おちをついて来て下さる方もある。初めて誕生らしい誕生。いわゆる4月1日の誕生が本当に勿体無い有り難い誕生に段々なってきました。
 だからその、有り難い勿体ないというその、自分のこの世に生を受けてきておるということが、有り難い勿体無いというものになってこなければならんためには、誕生一つの考え方でも、そんな風に変わってこなければいけんのじゃないでしょうか。
 その日は幾人もの方達が、誕生、丁度誕生でありましたが、ん、ね、段々はーこの人は分かってきよると。(とたんじょ?)、今日は私の誕生日ですからと、というて改まって神様にお礼を申し上げて下さいというような人達が幾人もあった。その日、その翌日。
 はー、あんたも今日じゃったですかちいうてから、ね、それで初めて神様から、おめでとうとこう言うて頂けるような気がする。
 ね、神様からおめでとうと言うてもらえれるような誕生でなからなければならないためにです、一つ今日の御理解4節を私はこうならなければならないとこう思うです。ね、その人が例えば金光大神の言うことにそむかぬような生活をしておるから、ね、神様がおめでとうというて下さるようなおかげでなからなきゃならん。
 信者の中に、名は綴られておるけれども、金光様の信者を、信心はしておるけれども、毎朝参っちゃおるけれども、ね、だから、自分は一端の金光様の信者だと思っておる。形の上に置いては、なるほど金光様のご信者であるけれども、ね、内容は金光様の信者らしからぬ信者ということになって来るのじゃないでしょうか。
 私が今日、初めてあの、(ふたみやおら?)というのがありますね。夫婦岩とも読む。あの夫婦岩の周囲に一遍ちょっと舟なら舟でこう回ったような感じでですね、あっちこっちから、一番初めに西側の方から、あの大きな方の岩の方側からこう見せて頂いて。ぐるぐると、どっから見ても夫婦岩ですねあれは。さすがに。
 ん、ありゃ海岸のあの正面から見ただけ、見る時だけがということはない。何処から見てもやはり、夫婦岩です。ね、それに例えば、その合間から朝日が上がろうとしておる情景なんかはもういよいよ、素晴らしいね。
 私共のね、信心させて頂く者のです、例えばこれは、夫婦なら夫婦とということでもいいですよ。夫婦なら夫婦が。ね、夫婦らしい夫婦。夫婦じゃけん、夫婦らしくて当たり前というけれどもです、実際は夫婦であって、夫婦らしからぬ。お互いに秘密を持ちあっておる。ね。
 とか、とにかくその、本当の夫婦らしくない夫婦といったようなものがあるんです。私は本当の夫婦らしい夫婦であるというおかげを受けて、さらに信心という、それこそ朝日の昇っておるあの姿というものが、こうそれに加わった時です、本当の意味でのあの夫婦岩の値打ちがあるんじゃないかとこう思う。
 ね、私共親子は親子、夫婦は夫婦。ね、例えばちょっとしたこと、例えば誕生なら誕生祝いなどをするというても、その誕生祝いの中に金光様のご信者らしい誕生が、誕生祝いが出来るとか、のその式が出来るとかというようなです、おかげを頂くところにです、そこに神様のおかげというものが、そこによりそうて下さる。だから、その誕生が(いやがらゆえ?)にも、楽しい有り難い、勿体無いものになってくるのです。
 ね、信心に基づいて、ね、夫婦はこうなからなきゃならん、親子はこうなからなきゃおらん。金光大神はこのように教えておられるという、その金光大神の言われることにそむなぬような親子の生活、夫婦の生活、社会人としての、あり方というものが出来て来るから、そこにいわゆる神様がよりそうて下さる。
 丁度、二人が裏の、その夫婦岩に、ね、朝日がこうやって、そのバックにまたあるようなもんで。そこに素晴らしいなぁ、それこそ岩じゃけん別に拝む事もいらんばってん、拝まにゃおれんほどしのものが、出来て来るわけです。
 ね、それにはです、金光大神の言うことにそむかぬように良く守ってという信心が日頃出来ていかなきゃならんと同時に、金光様のご信心ぶりというものがです、何時の間にか、ならいうならここではです、私の信心ぶりというものがです、何時の間にか身に付いておる。
 ね、例えば久富先生当たりが北野の共励会なんかにおい出られます。やっぱり自転車でいかれるのに、又自転車で、ここまで帰ってきりゃ、そりゃもう、11時、11、(やんがて?)12時ちいう時間まで、共励しながら、自分ところのお家はもう北野ですから、もうそこの前通ってくるとですよ
 ね、だから、もう久富先生もうここまで来なさらんで良いですよ、他ん若いもん達が皆帰ってくるから。と言いたいけれどもそれは、久富先生の信心だと思うから、私は言わない。そして、それは私の信心でもあったからです。
 私はそれ、それこそそれはまぁ当たり前のごととして、実行して来ましたもん。ね、今日信心実習に行っております皆さんもやっぱそうである。ね、なるほど、久留米の串原で信心実習はしとるけれどもです、人が寝とる間は、やっぱここに寝て、ここに泊まっといて、朝の御祈念はやっぱいただい、いわば(ちょうみんけし?)のようなことだけれどもです、それは素晴らしいことになってくるのである。
 今朝から皆、又あちらの5時の御祈念を頂く、5時か5時半か知らんですけども、まぁ頂かれるいように間に合うように、ここで一遍、私の御祈念を頂いて、皆さん行っておられます。
 ね、馬鹿らしい話ですもんね、考えると。けれどもこういうことは、私がそげんせんの、というたわけじゃないけれども、私の信心ぶりというものが、何時の間にかそのように、やっぱなってきておる。
 いわゆる、金光大神の言うことにそむかぬようというか、ね、大坪総一郎、ここでは。ね、手代わりをさせて頂いておる私の言うことに、もうそむかぬようにといったようなが、身に付いていきよる。有り難いとこう思う。
 昨日、熊本の富永先生達が夫婦で月参りをしてきて、何時もさせて頂いておる。この頃汽車の時間が、ちょっと変わったちゅので、もうあちら、丁度4時間かかる。( ? )熊本の日奈久というところからやって来ます。
 おおふくだから8時間。でここにちょうど又、5時間、6時間おりますね。昼12時ちょっと前に来てから、丁度6時のバスで発つと7時の汽車に間に合うというのですから、ね、その間をずっと先生、あの久保山先生があそこへ書き止めておられる御理解集を、全部、全部じゃない。第一巻からずっと自分がマイクを持ってきてあの、てれ、あれを持って来てですね。このテープレコーダーを持ってきといて、もう書くよりか、その自分がそれを読んでいる。ずっといれていかれるです。それはやっぱり夫婦で一生懸命( ? )それをしながら、私それを(せんな方達とちょっとはやくおつきに?)なるごたったけど、まぁ合間にちょっと、4時の御祈念が終わってからやらせて頂いたら。
 先生に何時かはお伺いしよう、お伺いしようと思っておることがあるんですがとこういわれる。どんなことでしょうか。ん、最近はおかげで段々、私共は私共の信者もです、成り行きを大切にするということがもう非常に、あの、有り難いものとして、そういう生き方にならせて頂きましたら、この頃私の信者がですね、こういうことを言い出しましたち。この神様は生きてござる、ということ。
 例えば先日も、(きょうしかい?)がございましたから、その信者の自動車で送ってもらっとりました。そしたら丁度、その人の店の前を通りますから、先生ちょっとお待ち下さい。というてその、お店によったところが、店員さんも、なんかね、その出払っておる。家内もどっかちょっと用事、店は( ? )ちょっと開けっぱなしのような状態。
 着いたとたんに、もうジャンジャン電話がかかってきよるちいうわけです。電話とったところが、何処何処から体遍な有り難い注文を受けたとこういうのである。先生もうこれがですね、この頃信心させて頂くようになって、あの椛目の先生と言われますね。合楽の先生の、言われるその成り行きを大切にさせて頂くという、この信心にならせて頂きましたらですね、こういう事のタイミングにはそりゃにはもう驚いてしまいます。というような信者が段々増えて来たちゅうんです。
 最近な、その信者のことを名指して言うておられましたが、本当に有り難い神様、有り難い信心とこういうておったが、最近は先生、この神様生きてございますな。というようになりました、とこういう。
 大体この成り行きを大事をされるというような信心は、合楽の信心の何時の頃から、このようなことが言われるようになったでしょうか。又どうして、そういう信心を先生は発見されただろうか、とこういうのである。
 ね、どこの先生でも、一つの流儀というものがあるんです。ね、けども、そういう流儀をどういう風な状態、経緯を辿って、その成り行きを大切にしていけ。最近ではその、成り行きを大切にして行くだけではなくて、ね、それを受けるだけではなくて、むしろそれを今度は与えていこうという信心にまで段々進展していっておられる。そういう信心の大本はどういうところから始ったのでしょうかというて、その訪ねられるから、そんならこの次ぎには一つ、その頃のことをいっちょ私がゆっくりはなしましょうね。というて、まぁもうしました事です。
 ね、そういう例えば成り行きを大切にするというような生き方こそですね、いわゆる、なるほど生きた神様だという体験を頂くことは勿論ですけれど。ね、私は「金光大神の言われることをそむかぬように」という、ようなものがその中の、中に全部こう含まれておる気が致します。成り行きを大切にしていくということ。ね、黙って受けて、黙って与えて行くという生き方。ね。
 先日の竹葉会に、まぁだ1、2回しか、参加した事のない、えー、それでももう、二人の母親ですけれど。若い嫁さんが、発表してました。もう私は思うんですけれども、本当に信心の稽古ちゃどんなに素晴ら、なんと素晴らしい事だろうかと思うて。丁度、3、4人がまだ1、2回という人達でしたけれど、その皆こう発表してますけれどね、その発表の内容というものが、もう本当に、はっきり信心を頂いておる者、頂いていない者の、それをその、感じられるんです。けれども、その人としては一生懸命なんですね。
 先日も兄弟の方達が、まぁ夏休みやら、お盆やらで皆里歩きをしてきなさったと、兄弟が。そしてその皆兄弟話合って原鶴にそのいきなさったという。親方、嫁御である私にです、ね、一言もいわっしゃらんじゃった、誘いもさっしゃらじゃった。もう私はぐうぐう言うてこらえとったばてん、もうたまりかねる。
 ね、こういうようなことで、信心な家庭で、そういう事であって良いだろうか。というようなことを話されるわけなんです。その人にとってはやっぱそうなんです。ところがなら、それを頂いておるほとんどの会員の方達は、もうそればこう全部問題じゃないちゅうんです。
 日頃信心の稽古をしておる人達は。それに取り組んでおる人達は。もうそんなことは問題じゃないち。ね、考えてみると、本当に水入らずです。兄弟ばかりが久しぶりに集まられたんだから。それこそこっちから進めてでんやりたいぐらい。ね、又いうならば、洗えてば他人だもんね。親方嫁御であっても。
 ですから、それはやっぱ混じらん方がよかろう。本当いうたらあなたがね、姉さんも来てもらわなければいっちょんおもしろなか。姉さんも来て下さいといわれるくらいにならなきゃならんけれども、それを前の信心としてはですね、もうさぁさぁはよ行っていらっしゃいと、誘われたっちゃいや今日は私が遠慮する。あなた方だけで行っておいで、といえれるような信心頂かにゃいけませんというわけですね。ほとんどの人は。
 けどもその新しい2、3人の人はそういう問題が家の中にあって、人間関係は難しいという風な顔してるわけなです。信心の稽古。本当にそんなに違うて来る。ね。
 もう本当、自分の心一つでですね、もうそりゃさわる、それでその人は、まだ今もさわっておるわけなんですね(ぼんごわっとる?)事が。それで今日はくるっち聞いてもろってというわけなんでしょうけれどですね。
 ならぐうぐうこらえることが信心のごと思うとる。ね、なるほど内の姉さんは、信心しなさるけんで、というようなものが無いわけなんですね。どうでも一つね、その辺のところがすっきりとです、例えばその成り行きを大切にして行くといったような信心が身に付いて来ると。もう普通信心がないなら、絶対問題になるようなことが、全然問題になるどころか、かえってそれに与えられるようなものが生まれて来るところから、私は、ね、何処から見てもなるほど金光様のご信者だな、ということになってくるのじゃないだろうか。
 金光大神の言うことにそむかぬ信心が出来ておるとです、そういうことになってくる。ここんところはまぁ限りがないほどですけれどもですね。私共が、なるほど、何処から見ても金光様のご信者じゃと。
 あっちは毎日毎日、もう十何年も合楽に参りござる。そればってんか、いっちょん人間がかわらっしゃらん。どこがかえって信心のなかもんの方が、ほんなこて、そのよかちいうごたる、ような信心どんしとってからですね、はっきり今日私がいう、本当の内容においての、いわゆる金光大神が大恩人であるとしての、おかげは受けられない。
 まぁ誕生日の例をとりましたが、ね、本当に有り難いね、有り難い神様から私の誕生がですね、めでたいとこう言われるようないわば、存在。神様からだけじゃない、ね、私が私であるならば、家内からでも子供からでもね。ね、私の誕生じゃない、もう日々の私の生き方そのものがです、ね、子供達からも家内からもそれを、なるほどと合点がいかれる私にならせてもらわにゃならん。
 お広前におられる時の親先生は立派だけれども、もう裏に下がられたらもうどんこん出来ん、ざまなか。と私が言われるようなことであってはだから、表からは富士山山じゃ、富士山だけども、後ろからはそうではないということになる。
 ね、それではやはりバックの対応というものがね、いわゆる夫婦岩の合間から、ね、朝日が昇っておるような、そういう有り難い勿体無い、自ずと頭が下がるといったような家庭にも、またはそういう雰囲気も生まれてこないと思う。
 ね、夫婦岩が何処から見ても立派な夫婦。夫婦岩である。ね、それに信心がある、それに朝日の昇る、その情景が伴うて初めて尊いものになるように、私共の家庭、信心させて頂いておる者の家庭、親子、夫婦がです、ね、金光大神の言われることを守ってのそのあり方にならせてもう時に、神様が寄り添うようにいうなら夫婦岩の後ろに朝日がさすようなです、雰囲気が生まれてくるのじゃないでしょうか。
 ね、そこに勿体ない、有り難いという、いわゆるおかげが頂かれる。そういう生き方の上にです、ね、神様があの氏子がおってくれてと。あの氏子が生まれたということがです、この世にこういう沢山な難儀な氏子が助かるような基にまでなったんだ。
 ね、神からも氏子からも、両方からの恩人金光大神がです、そのようなあり方を私共に示しておられますようにです、私共もそういう金光大神のあられ方というようなものがです、何時の間にか身に付いてくる。いわゆる金光様のご信心ぶりというものが、外からも、内からもなるほどと合点がいかれるような信心ぶりが身に付いて来るおかげを頂きたいもんだと思うですね。どうぞ。

梶原 佳行